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研究でいちばん大切なコトはやっぱり文献調査だと思うべな

というわけで最近は自然言語処理の論文と心理学の論文を読んでいます。

とりあえず良さそうのを20個ほど探して「Mendeley」という論文を管理できるソフトウェアに登録したので、それを読んで紙にまとめて、全部読み終わったらそれらの論文の参考文献をたどっていこうかなと思っているところ。やっぱり読み応えがある論文は良く他人の論文を読んでいる。学部時代に文献調査の重要性を痛感させられたのでギリギリまでサーベイに集中したいです。

話はうってかわりますが、12月21日は学内のカウンセラーに紹介してもらった病院(精神科)へ行きました。長年暴言に耐えてできたトラウマを何とかしたいと思ってもどうにもできず10年。学内のカウンセラーとのカウンセリングで、成功体験を積んで自信をつける(というか危険でないことを再学習する)ことでマシになる可能性が高いという考えにたどり着きました。しかし、今は成功体験を積むための最初の一歩が強烈に重たい状態。その重さを和らげるために薬をもらってきました。薬もらっても引きこもっていたらもったいないので、できる限り人間と関わる機会を自分に提供しなければなりません。何とかして恐怖心みたいなものを取り除きたい。

院生活はあと1講義単位取れば残すところ修論のみなので、上手く修論だけ残して休学できそうです。休学直前までも頑張ろう。

トラウマ治療中

「トラウマを乗り越えるためのガイド」によると、さっさとカウンセリング受けろとのことだったので少しはまともに生活が送れるようになってきた5月からカウンセリングを受けています。

暴言に10年近く晒されて、トラウマ歴ももう10年以上でかなり重症(社会生活が難しいという意味で)です。

自分が努力すれば変われる(元の自分に戻れる)みたいな感じで言われてきました。勉強会で発表したり2つほどアルバイトもしたけど、やっぱり雑談になると恐怖心に圧倒されて拒絶反応が出てしまいます。これは自分の努力でどうにかできるレベルではないと悟りました。

カウンセリングではとりあえずカウンセラーに大体の話を聴いてもらったので、これから治療って感じです。

今暴言に晒されている人は↓の行動をオススメします:

  • いち早くカウンセラーに相談
  • 辛いと感じたらその場からいち早く逃げる
  • 学生なら授業受けずに保健室登校する or 登校しないで心落ち着く場所に行く

あまり酷い状態だとまともに思考できなくなって限界を超えて我慢してしまいがちですが、とにかくスピーディに自分を安全な場所に退避させたほうがいい。

トラウマになってしまって”長年悩むよりははるかにマシ”です。

直接は見えない敵と戦っているんだ!

「っぐわ!・・・くそ!・・・また暴れだしやがった・・・」

大学入る前は母からも鬼ぃちゃんからもとにかく否定されてきて育った影響で、日常生活に支障をきたすほど自分に自信がありませんでした。
大学では勉強して少しは自信がついてきたので、大学院では本格的にトラウマ克服に向けて行動や!

↓を読み終わったのでいろいろ分析してみた。
(ちなみにこういう本読んだのは初めて)
トラウマを乗り越えるためのガイド: マインドフルネスとメンタライゼーションの実践

「トラウマ」・・・極度のストレスを体験することによって受ける長期的な悪影響(と著者らは考える)

傷つけられた直後の「人による支えの有無」や「生まれ持った性格」や「年齢」等も精神的症状の発症のしやすさに関わるらしい。
(自分の場合、全てにおいて最悪な発症の条件を揃えていた)

トラウマな記憶は、昨晩の夕食が何かは思い出そうとしない限り引き出されないのと違って、思い出したくないときでも勝手に引き出されて戻ろうとしないらしい。
この侵入(トラウマな記憶が勝手に引き出されること)を回避しようとしても「生活範囲が狭くなる」「好ましい感情すら感じられない」「他の人と疎遠になる」等の代償を伴い、さらに回避しようとすればするほどトラウマがよみがえってさらに避けようとすることになるらしい。
(実際に自分もまさにそうなっている!!)

いっそ感情をなくしたいところだが、それは痛覚がないのと同じぐらい危険らしい。

自分は何で感情あるんやろうと思ったけど、

謙虚さを手に入れるために「恥」という感情を自覚し、
誠実さを手に入れるために「罪悪感」という感情を自覚し、
自己主張を手に入れるために「怒り」という感情を自覚・・・
などなど書かれていた。

感情がないと人形みたいになるのやら暴走するのやら。
全く感情がなければ暴走する理由もなくなるので恐らく前者か?と自分は思う。

侵入的なトラウマの諸症状は「10:90 反応」を引き起こすことがあって、過去のトラウマと類似している要素が10%あるだけで過去から残りの90%が現在に引き出されてしまうらしい。今の自分をまさに言い(書き?)当てているのにびっくり。(この反応が起こる理由もこの本で生理学的に説明されている)

これが起きたときは「自分が10:90 反応を体験している」と認識して危機的状況にいるわけではないことを理解するのが良いらしい。
(でも恐怖に圧倒されてしまうんだよなぁ)

過去のトラウマのせいで神経系が過敏になって現在の普通のストレスによって耐え難い状態になると、短期的には苦痛を減らせても長期的には苦痛を増やす一時しのぎ的な対処法をしようとするらしい。

この一時しのぎ的な対処法には「退却(引きこもり)」「自己破壊的行動」「攻撃的行動」の3種類があって、それぞれ「気分を肯定的なものに変えるという目的を持つ」「強迫性がある」「結局は情緒的に傷つくことになるにも関わらわずずっと存続する(繰り返してしまうという意味かな?)」という共通点を持つらしい。

この一時しのぎ的な対処法には「仕事中毒」なども含まれている。

この一時しのぎ的な対処法に頼ると悪循環に陥るだけなので他の一時しのぎでない行動の選択肢(建設的な自己調整)を実行せよとのこと。

トラウマの治療には「安全」「自己の状態の調整方略」「社会的サポート」「トラウマの再処理」の4つの要素が必要不可欠と思われているらしい。

自分の場合、
「安全」:生活環境はまれに10:90 反応を起こすものの大体問題ない。とはいっても母も怖いのでまともなコミュニケーションは避けているが。
セラピストや他の人との関係において信頼感を持てているか?と問われると研究室のボスで70%信頼30%警戒ってレベルで若干不十分かも。
同じ研究室の人で60%ぐらいは信頼感があるかな。

「自己調整」:睡眠、野球、音楽、アニメ等で大体落ち着けるけど、いつでもどこでもできるような自己調整の方法も見つけたほうが良さそう。

「社会的サポート」:かなり問題があって、身近に小学生時代の友達より信頼関係が深い人がいない・・・。
1ヶ月数回会うような関係の人なら草野球仲間にいるかな。

「トラウマの再処理」:上記3つが確保されていなければならないらしい。自分の場合、社会的サポートが不十分なのでまだ再処理できる段階ではないか。

他にもこの本には「再演」「共感疲労」なども書かれている。

第7章の後半に「うつ」と絡めて書かれているが、自分がこの前、早くトラウマ克服しなければと思っていきなり知り合いがほとんどいない懇親会に出たのはやぱりかなり無理があったようで、ゆっくり、じわじわと治療することしかできないらしい。

というのが本読んでわかったこと。

鬼ぃちゃんから面と向かって10年近く暴言吐かれまくっておかしくなったが昔に比べれば大分回復してきつつある自分の「10:90 反応」が発動するパターンを見ていくといろいろ分かりそうだというわけで分析。

「最高に信頼できる人との雑談」:多分発動しない(身近にいない)
「かなり信頼できる人との雑談」:ぎりぎり発動しないが、かなり警戒してしまう
「知らん人との雑談」:今のところ発動率100%
「アルバイトの面接」:ぎりぎり発動しない
「事務的な会話」:怖そうな人以外は意外と発動しない
「事務的な会話(電話)」:緊張はするけど発動しない
「メール(文字)」:誰とでも全く発動しない

というわけで面と向かって雑談すると「10:90 反応」が出やすい状況になるようだ。
事務的な会話は相手も事務的な会話しかしてこないことがほぼ間違いなく期待できるから発動しないのだろうか。
事務的な会話から雑談に持っていかれるとダメですね。
アルバイトの1対1ぐらいの面接なら相手が自分をひとまずは受け入れてくれているというのが分かって大丈夫。

結構長年トラウマを負っているので、他人への興味すら段々失いかけている部分も無きにしもあらず。

今以上にトラウマを治療するには自分が信頼できる人か心理セラピストに頼れば良さそうというのが分かったけど、そこまで身近に信頼できて自分のために時間割いてくれる人もいないので心理セラピストとセラピーするのがトラウマを克服するための最短路か。

しかし、信頼できる心理セラピストを探すには時間もお金も勇気も必要・・・。
勇気はどうとでもなるとして、今は金銭的に無理なので大学院の相談室を利用するのが最善か。

トラウマが勝手に現在に侵入してこなくなるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

こういう本初めて買ったけど買って良かったと思った。敵を知らずに戦うのと知って戦うのでは全然違うように思います。

今できることは

・「10:90 反応」が起きたときに「自分が10:90 反応を体験している」と認識して「危機的状況にいるわけではない」ことを理解する
・信頼できる人とさらに関係を深める

ことぐらいでしょうか。

人の心は複雑です。(心を計算機で再現できる日は来るのだろうか)